鹿乃つのがなぜ炎上?SNSで拡散された内容とユーザーの反応
※当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。マルシルやってたら、「学校はじまって」と「以来の才女」があらわれて膝から崩れ落ちた#C104 #C104_cos pic.twitter.com/FKqY7jq5YC— 鹿乃つの🍨 (@shikano_tsuno_) August 12, 2024 大阪・関西万博に、大人気作品『ダンジョン飯』のマルシルの姿で訪れたコスプレイヤー・鹿乃つのさん。その様子をまとめた投稿がきっかけで、SNSでは「万博でコスプレなんて非常識だ」「作品に迷惑だ」といった批判が噴出し、大きな炎上へと発展しました。ところが、実際のところは「ルールを守った来場」だったことや、彼女自身が長期にわたって激しい誹謗中傷・殺害予告まで受け続けている現状は、十分に共有されているとは言い難い状況です。文春オンラインのインタビュー記事(“万博コスプレ”で炎上→「はよ死ね」「ゴミ」と誹謗中傷の嵐…)でも、その過酷さが詳しく語られています。 この記事では、鹿乃さんを一方的に断罪するのではなく、「なぜ炎上したのか」「本当は何が起きていたのか」を事実ベースで整理しながら、ネットリンチの恐ろしさと、私たちがどう向き合うべきかを考えていきます。鹿乃つのさんはどんな人?炎上前の活動とスタンスまずは、騒動の中心人物として名前だけが一人歩きしてしまった鹿乃さんが、どんな思いで活動してきたのかを押さえておきたいところです。炎上のイメージだけでは見えてこない「コスプレへの向き合い方」を知ることで、この騒動の受け止め方も少し変わってくるはずです。鹿乃つのさんは、社会人として働きながら活動するコスプレイヤーで、2023年の夏コミから本格的にコスプレを始めたと自身の発信で語っています。モットーは「キャラを三次元に連れてくる架け橋に」。『ダンジョン飯』のマルシルをはじめ、作品愛と再現度の高さで注目を集める存在でした。本人が書いた万博レポートのnote(「万博をコスプレで楽しんだので所感や注意点をまとめる」)では、コスプレを楽しみつつも、会場の雰囲気やマナー、他の来場者への配慮についてかなり細かく触れています。 また、彼女を長く見てきたという立場から書かれたnote記事(「鹿乃つのさんへの悪意の渦。それを超えてくれ、人間。」)でも、真面目で律儀な人柄が繰り返し語られています。 こうした背景を踏まえると、万博での行動も「ルールを軽視した暴走」だったのか、それとも「文化を楽しみながら模範的に振る舞おうとした結果」だったのか、見え方が少し変わってきます。万博コスプレはなぜ問題視されたのか──炎上のきっかけ次に、今回の炎上の出発点となった「大阪・関西万博でのマルシルコスプレ」について整理します。ここを感情ではなく、時系列と事実で追いかけることが、冷静な理解への第一歩です。鹿乃さんは大阪・関西万博に、『ダンジョン飯』のマルシルのコスプレ姿で来場しました。そのうえで、公式サイトの規約を確認し、禁止されていない範囲でマナーを守って楽しんだこと、トイレでの着替えを避けるためにホテルで衣装に着替え、タクシーで会場入りしたことなどを、本人はnoteで詳しく説明しています(万博レポート実際、大阪・関西万博の公式FAQでも、「コスプレまたは仮装をしての入場は可能」と明記されています。しかし、Xに投稿された写真やレポートが拡散されるなかで、「万博はコスプレイベントじゃない」「公共性の高い場にふさわしくない」という声が増え、「モラルがない」といった強い言葉が飛び交うようになります。コスプレ問題を取り上げた解説記事(「万博コスプレ問題って結局なにが問題なの?」)でも、こうした“モラル論”が炎上の中心にあったと指摘されています。 事実ベースで見ると、「公式ルール上は認められていた行為」でありながら、「なんとなく許せない」「空気を読んでほしい」という“感覚の衝突”が、大きな火種になっていったと言えます。万博コスプレ炎上のざっくり時系列時期出来事の概要2025年4月ごろ万博公式のQ&Aで「コスプレ・仮装での入場は可能」と案内。(公式FAQ 公開)faq.expo2025.or.jp2025年4月〜5月鹿乃さんがマルシルのコスプレで万博に来場し、体験レポートをnoteとXで投稿。(万博レポートnote)note(ノート)その後「万博でコスプレは非常識」「作品に迷惑」といった批判がX上で拡散し、炎上状態に。ライブドアニュース批判の中身を整理する──本来の論点はどこにあった?炎上が大きくなると、「何が問題だったのか」という本来の論点がぼやけていきがちです。このセクションでは、批判の内容を冷静に分解したうえで、「本当に議論すべきだったポイントはどこなのか」を見つめ直してみます。当初、SNSで多かった声は大きく分けて次のようなものでした。万博という場にコスプレがふさわしいかどうか作品や版権元への配慮は十分だったのかただし、これらの論点の多くは、「事実の共有」が十分でないまま語られていた側面があります。たとえばJ-CASTニュースの取材記事(「万博でコスプレはアリなのか…Xで論議に」)では、運営側が公式FAQで「条件付きでコスプレ入場を認めている」ことや、鹿乃さんがそのルールを踏まえて行動していたことが紹介されています。 一方で、「万博は家族連れも多いから控えてほしい」「国際的な場で誤解を生むかもしれない」という“気持ちの部分”もたしかに存在しました。そこには、「ルールには書かれていないけれど、こうあってほしい」という価値観が含まれています。こうした「お気持ち」とルールのズレについては、コスプレ文化側からの考察note(「運営ガイドライン内での二次コスプレ万博入場炎上と」)などでも議論されています。 このあたりの構図を整理すると、次のようになります。視点ルール上の事実感情・価値観としての懸念イベント運営 条件付きでコスプレ入場OK(公式FAQで明記) faq.expo2025.or.jp 詳細なガイドラインや想定ケースの周知は十分と言えない面も 一部ユーザー ルールを十分知らないまま「ほぼ禁止に近い」と受け止める傾向 「公的な場で派手な格好はやめてほしい」 鹿乃さん(参加者) 公式情報を読み込み、ルールに従って参加(本人note) note(ノート) 「せっかくなら、ルールを守った楽しみ方を共有したい」 本来は、「万博におけるコスプレのガイドラインはどうあるべきか」「公的イベントとサブカルチャーの共存の仕方」という、建設的な議論につなげられたはずのテーマでしたしかし現実には、「人」への攻撃に話題の軸がずれていってしまいます。行きすぎた誹謗中傷とネットリンチの実態ファイアッッッ pic.twitter.com/jTzqVcF9xF— 鹿乃つの🍨 (@shikano_tsuno_) September 9, 2024 ここから先は、どうしても重たい話になります。ただ、今回の炎上を語るうえで避けて通れないのが、「批判」ではなく「攻撃」に変質していったプロセスです。これを知ることは、誰かを守るためにも、自分自身を守るためにも重要です。文春オンラインのインタビュー記事(“万博コスプレ”で炎上→「はよ死ね」「ゴミ」と誹謗中傷の嵐…)によれば、鹿乃さんのもとには「ゴミ」「はよ死ね」といった暴言から、殺害予告に至るまで、過激なメッセージが大量に届いたとされています。Xの本人アカウント(鹿乃つのさんのX)でも、「心身の限界です」と訴えるポストや、警察への相談、自宅周辺のパトロール強化といった具体的な対応について触れています。 ここで押さえておきたいのは、ルールやTPOに関する批判とはまったく別次元の「人格攻撃」「脅迫」にまで踏み込んでしまっているという点です。こうした状態を、文春オンラインは「ネットリンチ」と表現し、問題提起しています。擁護の立場に立つならば、ここまで追い込む必要が本当にあったのかという問いを、私たちは強く突きつけられていると言えるでしょう。SNSの声から見える「批判」と「擁護」の温度差とはいえ、すべてのユーザーが鹿乃さんを一方的に叩いているわけではありません。SNSやnoteを見ていくと、「やりすぎではないか」「こんなに叩かれるようなことをしたの?」という、彼女を気遣う声も確実に存在します。このセクションでは、その温度差を少し俯瞰してみます。SNS上の反応は、大まかに次のようなグループに分けられます。立場主なスタンスの傾向批判派😠「万博でコスプレは非常識」「作品や国のイメージを損なう」といったTPO・イメージ重視の声。公的な場における振る舞いとして不適切であると主張。擁護派・共感派👍「ルールに沿って楽しんだだけ」「ここまで叩く必要はない」と、参加者の行動を正当化。「批判が個人攻撃に変わっているのがおかしい」と、行きすぎた攻撃を問題視する声。中立・冷静派 ⚖️「万博のルール作りの問題では」「文化と公共性の折り合いを考えるきっかけにすべき」と、構造的な論点に目を向ける立場。感情論ではなく、運営側の対応や社会的な議論のあり方に焦点を当てる。鹿乃さんに寄り添う立場から書かれたnote(「鹿乃つのさんへの悪意の渦。それを超えてくれ、人間。」 や 「神様の存在を近くに感じながら、楽しく二次創作しよう」)では、彼女が一人の人間として受けているダメージの大きさが強調されています。 こうした声に触れていくと、「コスプレの是非」を語ることと、「特定の個人を消耗させるレベルで叩き続けること」は、まったく別の話であることが浮き彫りになります。今回の炎上から学べること──文化を守り、人を傷つけないために最後に、この一連の騒動から、私たちが学べることを考えてみます。ここで大事なのは、「誰が悪いか」を決めることではなく、同じようなネットリンチをこれ以上生まないために、ひとりひとりがどんな距離感を持てるか、という視点です。今回のケースは、「公式には認められていた行為」×「一部の人の“なんとなく不快”」がぶつかった結果とも言えます。ルールを整えてこなかった運営側の課題もあれば、情報を十分に追わずに感情で断じてしまう私たち側の課題もあります。その構図は、解説記事(「万博コスプレ問題って結局なにが問題なの?」)などでも指摘されています。 そのうえで、擁護の基調から強調したいのは次のような点です。✔たとえ「自分は好きになれない」と感じる行為でも、事実を知る前に断罪せず、一度立ち止まる余地を持つこと。✔行為への批判と、人そのものへの攻撃を混同しないこと。✔炎上している対象が「有名人」に見えても、実際には一人の生活者であり、メンタルにも生活にも限界があること。今回の騒動で最も傷ついたのは、作品でもイベントでもなく、ひとりのコスプレイヤーでした。私たちがエンタメやサブカルチャーを楽しみ続けるためにも、「気に入らない相手を燃やし尽くす文化」ではなく、「違和感があれば事実を確かめ、必要ならルールづくりに目を向ける文化」に、少しずつ舵を切っていく必要があるのではないでしょうか。こちらも読んでね!→いま話題の出来事や情報をご案内します!
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